平成27年度MRC認定試験における主任試験員講評

平成27年度MRC認定試験における主任試験員講評

平成27年12月12・13日MRC認定試験における主任試験員講評

今回の試験について下園主任試験員より講評をいただきました。皆さんの今後の参考になさってください。   27.12.16 認定委員会
———–
今回は、自殺があった約20名の職場への介入というシナリオでの試験でした。
受験者の皆さんは、大変よく準備して臨まれていました。上級講座や事前の勉強会などで指摘されていたそれぞれの悪い癖もかなり修正されていました。皆さんが大変努力してきたことがよく伝わってきました。
今後さらなる成長のために、主任試験員として気が付いたことをお伝えします。
 
1.介入目的調整面接
(ア) 味方になること
惨事現場の長は、通常大変警戒心が強くなっています。まずは味方にならなければ、ケアも説明も調整もうまく進みません。
ほとんどの方は、メッセージコントロールと体験を聞くプロセスで、味方になれていたと思いますが、何人かは味方になることが不十分だったようです。次のようなケースがありました。
① 相手の心情に十分に対応していない
相手の心情の想像が不十分であること、自分の言いたいことが先行して相手に関心が向いていないこと、相手の表情をしっかり観察していないことなど、がその理由です。
「課長」は次のような心情(「痛いところ」、関心)を持っていました。
 
  • 自殺してしまったAへの自責、悲しさ
  • なぜ自殺してしまったのかの疑問、人が信じられなくなっている
  •  顔を見たことのショック、忘れられないことへの第2の無力感
  •  部下にどのように思われているのか
  •  退職者を出したくない、特にB
  •  システム変更の忙しさを乗り切れるか
  •  自分も壊れてしまうのではないか
  •  部外者(MR協会)に自分の非を暴かれるのではないか
白紙的にある程度相手の心情を予測しておけば、相手が表現するキー(表情、質問など)を正しく受け取り、適切に説明、ケアができるようになります。例えば、今回は「課長」は、アセスメント、情報収集、グループミーティング、うつ、薬などについての関心を示していました。これらがキーです。
② 味方になるためのメッセージコントロール
メッセージコントロールは、かなりレベルが高かったのですが、まだ全般的に要約が少ないようです。自分が困ったり緊張すると「笑顔」が出てしまう方がいらっしゃいました。メッセージを込めた要約がほとんど出ていない人がいました。
 
(イ) 目標設定について
今回の介入は、「自殺である(今のところ原因不明、会社のせい、忙しさのせいという憶測)、会社が現場ではない、口止めがされている、ただでさえ業務が忙しいのにさらに2名マイナス、退職希望者がいる、幽霊のうわさ」という特性があることが事前にわかっています。
受験者の中には(20分の受験時間の中で目標についてはまだ触れていない方がほとんどでしたが)、疲労のコントロールを介入の全体目標に設定しようとしていた方がいらっしゃいました。方向性はよいと思います。
20分の試験時間内では無理ですが、介入目的調整面接では、全体目標設定だけではなく、それぞれのメニューで何を目指すかを合意する必要もあります。
一例を紹介しますので、介入目的調整面接のイメージを膨らませておいてください。
 
今回のケースなら、例えば、
・全体の目標は、「退職を避けたい」→3か月後の評価で判断する。
・そのためには、セカンドショック予防をケアの主体とする。
その際、
・休ませるレベル(会社全体、個人ごと?どれぐらいの期間)
・休むことに関し、どんな内容を従業員にアドバイスするか
を調整しなければなりません。
全体の目標が決まれば、それに応じて各ツールの細部目標と方法を決めます。例えば、情報提供なら、誰に対して、どれぐらいの説明をするかを考えなければなりません。
・個人ごとの情報提供なのか、リーダークラスのなのか
・休養に関し個人にどのようなアドバイスを進めるのか。業務との関係を考慮
情報提供の一例としては、
・セカンドショックについて従業員全員に説明。脅しにならないよう対策を提案。対策は、忙しく疲れている人でもできるような具体的かつ、容易なこと。
・個人でできることとしては、体を緩める、ストレッチ、呼吸法、睡眠の確保法、2時間前の入浴(「疲れているならつかるだけでも」と提案してくれた受験者もいました。具体的でよいと思います。)、アルコールを控える、水分を取る、睡眠前のスマホを控える…、などから自分のできること(やりやすいこと)を一つでも、二つでも。
・過労をコントロールする必要性については、「喪に服す」もしくは、セカンドショックで説明(どちらがこの職場でより受け入れやすいかは調整)。
・会社にもセカンドショックについて理解してもらい、会社として過労対策に取り組んでもらうことも付け加える。
情報提供以外にツールごとの目標を調整しておくべきテーマとしては、例えば、カウンセリングや惨事後ミーティングを提案したり、「話をすること」を情報提供で奨励したりするなら、今回のケースでは部長が口止めをしていることに対し、部長と事前に調整しておく必要があります。話すことの必要性をどの程度説明するのか、(部長の提案した)「話さないこと」とのバランスをどのようにとるのかを決めなければなりません。当然のことならが、部長の顔をつぶさないような説明が必須です。
また、幽霊については、症状として説明するより「お祓い」で対処するのがいい場合があるのですが、これも情報提供の場でみなさんにアナウンスするなら、事前に調整が必要です。
 
(ウ) ツールの説明
ツールの説明は、まだまだ説得力のある説明をしてくださる受験者が少なかったようです。
それは、ツールを単に目的や方法だけで説明しているからです。それだけだと初めての人には、わかりにくい。例えば惨事後ミーティングは必要性と方法を述べても、イメージしにくいものです。そのようなときは、例えば「お通夜」などの比喩を使うこともできますが、一番効果的なのは、事例です。今回、お一人が事例を使って見事に惨事後ミーティングを説明してくれました。本人は、ご自身の経験談ではなく、本で読んだものと言っていましたが、それでいいのです。とにかく相手に理解してもらうには、具体的な事例を提示できるように準備しておきましょう。
また、介入メニューは手書きでもよいので資料を準備するとよいでしょう。レストランに行って、店員さんからメニューを口だけで説明されるのと、メニュー表を見ながら説明を受けるのでは、理解に大きな差が出るのと同じです。
 
(エ) もっと課長に聞くべき
味方になる、目標を設定する、ツールを説明する、どの場面でも、もっと課長にしっかりお話をしていただくことが必要だと思います。
例えば、なぜ社員が休んでいるのか、どう言っているのか、なぜ辞めたいといっているのか、会社は、どれぐらい忙しいのか、それに対しどのような対応をしてくれているのか…など、事前情報で聞いていても、現場の状況は違っている、またこの数日で変わっているかもしれないのです。それが、現場で介入目的調整面接をする意義でもあります。
 
2.情報提供
(ア) メッセージコントロール
今回は、講師としてのメッセージコントロールはどの方もとてもよかったと思います。よくトレーニングされており、専門家としての信頼感、誠実性が表れていました。
 
(イ) 何を取り上げるか
ほとんどの方が、惨事後のクライシスの反応について説明してくださいましたが、今回は、本当に悲惨な現場を見たのは、2名だけです。また、自殺は会社ではありません。さらに出来事から2週間たっています。
このようなことを配慮すると、むしろ自殺や「うつ」のほうが受講者の関心を引くテーマになるのではないでしょうか。例えば、どうして人は自殺するのか、自分も自殺するのか、それを予防する手段はないのか…などに関する心理教育です。
また、ファーストショックについての説明も、当初の症状(パニック、茫然自失、感情のマヒ)を説明した人が多かったのですが、そこにいる受講者の関心があるテーマかどうかをよく考えてみる必要があります。当初のショックは、(現場でない限り)自殺の場合それほど大きくありません。むしろ、疑問と自責が大きいものです。また、今は会社を辞めようとか、会社に対する不信感(イライラ)、対人不信、疲労感、不安感などが関心事項です。
それらの、受講者の関心事項に応じた症状を説明していく必要があります。
今回のケースでは、「倉庫に近寄れない」が回避の症状です。これは、理由があるよ、みんなそうだよを説明し、対策として、夜の電気をつける。倉庫に行くときは複数で行く。などの提案をするといいと思います。この時、理由があるよは原始人の比喩を使っても結構ですが、「みんなそうだよ」はぜひ事例で説明してください。言葉で「みんなそうですよ」と言うだけではどうしても説得力がありません。
また退職を避けたいという、課長の意向には、何名かの方が「この時期に人生の重大な決断をするのは避けたほうが良い」という適切なアドバイスをしていました。介入目的に合致した情報提供です。ただ、残念ながら「どうしてそうなのか」という説得力がありませんでした。
この時期は、惨事後の症状として感情的になっていること(単純理論)、この時期に勢いで退職して後悔している人をたくさん見てきたこと(事例)、いわゆる喪の時期には人生の大切な行事を控えるという先人の知恵があること(比喩的事例)などをうまく使うといいでしょう。
 
(ウ) 比喩・事例の使い方
比喩は事態の深刻度に合わせたものを使用するべきです。今回は同僚の自殺ですので、例えば「鼻水が出る」「声をかけられてびっくりする」などの比喩は、少し「軽く見られている」という印象を与えかねません。
比喩より事例のほうがいいのですが、もちろん事例も軽すぎる事例は、印象が良くないので、注意してください。
事例では、ご自分の「上司からのハラスメント」体験を紹介してくださった方がいましたが、何も知らない人は、メンタルレスキュー協会でハラスメントがあったと勘違いするかもしれません。聴講者の立場から想像して、どう受け止められるかを十分予測しておく必要があると思います。
 
(エ) 時間計画
内容と関連するのですが、時間内に終われなかった方が数名いらっしゃいました。ご自分でリハーサルをしたときは、時間内に収まっていても、現場では、聴講者への配慮などもあり、時間がかかりがちだということを覚えておいてください。そのような方のほとんどは、振り返りの中で指摘したように、伝える内容が多すぎたのだと思います。
私たちが伝えたいこと、伝えやすいことではなく、相手が聞きたいこと、聞きやすいこと(わかりやすいこと)を話すという意識をしっかり持って、できるだけシンプル、わかりやすい講義を目指しましょう。